シンガポールの歴史と更なる発展

先日、大分ご無沙汰をしていたシンガポールへ行ってきました。5年ほど前から既に東京よりも都会だ、っと感じていたシンガポールですが、更にシンガポールは成長をしていたのでそんな内容について軽く触れておきたいと思います。

JEWEL(ショッピングモール)

緑が一杯

2019年4月17日、4年間の工事と1,400億円の費用をかけて完成したショッピングモール「JEWEL(ジュエル)」に少しだけ立ち寄ってみました。飛行機の到着の時間から、行ったのが朝早い時間 (7時くらい) だったのでお店はもちろんのこと名物の大きな滝も見られませんでしたが、その規模感はすごいです。

残念ながら朝が早すぎて滝が流れていない・・・

280を超えるお店や、アスレチック施設(?)、アーリーチェックインカウンターなどがあります。空港に隣接していることから、出発直前に立ち寄って最後のお土産などを購入するのにも最適です。

例のスターバックスも

昭南島としてのシンガポール

これまでの訪問時にはあまり気にしていなかったのですが、とある場所にたまたま行ったことからシンガポールの歴史を再認しました。1942年2月、当時シンガポールを植民地化していたイギリスですがそこに日本軍が進軍し勝利、そこから1945年8月まで日本が統治下に置いていました。統治下今となっシンガポールを「昭南島」と呼んでいました。今ではあまり日本の面影を見ることが出来なくなってしまいましたが、歴史は歴史で過去にそういうことがあったことは間違いのない事実です。

上記の「とある場所」ですが、それは「フォート・カニング・パーク」です。

ここはイギリス植民地時代の重要な軍事拠点だったそうです。上記の1942年に発生した日本軍の侵攻の際のイギリス軍の指令室「The Battlebox」という施設が未だに残っています。 当時、イギリス連合軍の兵士数が約12万人であったのに対し、日本軍は約5万人だったそうで、数の上では圧倒的にイギリス連合軍が有利、かつ当時のシンガポールは密林で覆われており地理的にも有利な状況でした。 しかし、 山下奉文中将率いる日本軍は陸・海・空すべてにおいて前線を突破します。 1942年2月15日の朝、日本軍はイギリス連合軍の最終防衛線を突破し、最終的にこの「 The Battlebox 」で日本軍に降伏することを決めたそうです。

我々日本人にとっては逆の立場で色々な物事が書かれているので複雑ですが、とても勉強になります。

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